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2007年03月01日

I-DeA君のソウル・カヴァー・アルバムに客演

一昨日、僕は都内の某スタジオで、日本のR&B/Hip Hopの若手の鬼才プロデューサーで“Edit Master”の異名を持つ I-DeA(アイデア)君のアルバム作品への1曲を、歌とカズーの演奏で録音してきた。この作品は、アメリカの70年代から80年代のソウル・ミュージックのカヴァー・アルバムで、4月に徳間Japanから“Recover”というタイトルで発売される予定。僕の他に参加しているシンガーは、Jay’edやJamosa等といった現在の国内クラブ・シーンでブレイク中、あるいは今後のブレイクが期待される若手シンガーばかりだ。参加者中ただ一人の非若手の僕はI-DeA君からの提案で、Patrice Rushenの歌う往年のディスコ・ヒット曲の Forget Me Not を録音した。

こういうカヴァー曲の制作に大切なのは、オリジナル曲の質感を損なわぬようにしつつ、カヴァー制作スタッフ(今回の場合はI-DeAとORITO)の個性も光らせる、ということだろう。Patrice Rushenは女性シンガーで声も優しく哀愁を帯びたところが魅力なので、僕はそんな彼女に敬意を表して、自分の歌声の中で最も彼女の歌声にムードが近いと思われる「ファルセット(裏声)」をメインに歌入れをすることにした。

I-DeA君と録音仕事するのは、彼が録音エンジニアとして参加したDJ刃頭の2作品での僕の客演を含めて、これが3度目だ。お互い気心も知れているし録音の進め方もわかっているから、やり易いのなんのって。だから、オリジナル曲に忠実に再現すべき箇所、つまり「押さえどころ」の歌など、わずか30分ほどであっさり録れてしまった。
「さてと。I-DeA君。時間はまだたっぷりあるし、押さえどころはちゃんと押さえたから、ここから先の歌入れは自由にやろうぜ。俺がやり過ぎたら、ストップしてくれて構わないし編集の段階でボツにしてくれていいから、あとはしばらく俺に遊ばせてくれよ。」と僕。

I-DeA君の反応も、どうぞどうぞ!みたいな感じだったので、それからは、マーヴィン・ゲイみたいな多重バック・コーラスやら、プリンスみたいなシャウトするファルセットやら、ディアンジェロみたいな煙いフェイクやらを重ねていった。そうするにつれて、I-DeA君や録音エンジニアの人がどんどん笑顔になっていくのがわかったので、根が芸人の僕は、「それでは、これもご披露しましょうか?」と、ついには伝家の宝刀 カズー を取り出し、曲の間奏で予定外のカズー・ソロまで披露するという展開にまでなった。
そうやって1時間半ほども十分に遊ばせてもらったところで、「それじゃ、I-DeA君。あとの編集は大変だろうけど、よろしく頼むね。今日は楽しかったね。また一緒に仕事しようぜ。いやあ遊んだ遊んだ。」と笑顔でスタジオをあとにした僕であった。

I-DeA君は、僕が膨大に録ったテイクのデータに困惑するどころか、むしろニンマリしていた。これをどうEdit(編集)するかが、Edit MasterことI-DeA君にとっての仕事であり遊びなのだ。がんばってね & 楽しんでね、I-DeA君。

2007年03月07日

Giant Swing Deli 前編

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本日3月7日、僕がLife Time Story という曲で客演したアルバム Giant Swing Deli が発売された。これは日本が世界に誇るR&B鬼才プロデューサーT・Kura、またの名をGiant Swing Production(GSP)名義のコンピ・アルバムだ。今回はこの制作にまつわるお話など、ひとつ。

昨年8月のある日の昼、アトランタ在住の旧友Kura君から久々に僕に国際電話があった。彼の制作するコンピ・アルバムで1曲ゴスペルっぽいR&Bバラードを歌ってほしい、それはきっと、まさに「ORITO節」に仕上がるからとのことだった。僕はその時は、現在のようにORITO復活のメドも何もたっていない停滞状況だったので、「うわあ、喜んでやらせてもらうよ。でも、Kura君。正直言うけど俺はレコーディング・アーティストとしては、ここ2年以上ほとんど休業状態。ライヴしかやっていない。そんな俺が、今や日本R&BシーンのVIPプロデューサーになったKura君の作品にホントに出させてもらってもいいの?」と謙虚に彼に尋ねた。彼は「そんなご謙遜はやめてよORITOさん。たとえ最近は表舞台に出ていなくても、日本ではORITOさんみたいなシンガーは他にいないからねえ。久しぶりにコラボさせてよ。」とのこと。ほぼこれだけの会話で参加が決定。今振り返れば、この時がその後から急展開していったORITO復活プロジェクトの幕開けだったと思う。

それからしばらくして、彼から曲のバック・トラックが届いた。それを聴いて、「こりゃあ確かに俺にドンピシャだぜ!しかしKura君がこういうダウン・ホームなトラックを創るとは。これはリスナーにとってはサプライズだろうな。」と面白くなってきたので早速彼に「これかなりイイじゃん。さて、この曲の歌メロや歌詞は俺が用意しておくのかな、それともGSPでやるのかな?」というメールを送った。すると翌日彼から「それは録音当日、僕とMichicoと ORITOさんとの、その日のインスピレーションでソング・ライティングしながら併せて歌も録音していきます。録音時の新鮮な感覚やノリを大切にしたいから、できれば録音当日までこれ以上トラックを聴かないでください。」という返信があった。
僕はそれを読んで正直ぶったまげた。録音当日まで歌詞も歌のメロディも作らない、トラックも聴かないままでスタジオ入りする、なんていう音源制作は初めてだ。当然、事前に歌の練習のしようもない。これには不安も感じたが、「ま、なんとかなるだろう。いや待て、なんとかなるのかな? ま、いいっか?彼らと俺が揃えば、きっとなんとかなるだろうよ。」と開き直ることにして、彼に了解のメールを送り、トラックは2回聴いただけでそれ以後は彼からの指示のとおり録音当日まで聴かなかった。ただただ、Kura君とMichicoちゃんとの3年ぶりの再会と8年ぶりのコラボレーションを心から楽しみにしつつ。

そして2006年10月7日。録音制作の日がやってきた。 
この続きは次回。これをお読みのあなた、今日はまず、この曲を試聴してくださいね。

試聴サイト
http://mora.jp/artist/80307944/AV999999012/

i tune store
http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewAlbum?playlistId=217399969&s=143462&i=217400140

2007年03月09日

Giant Swing Deli 後編

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録音制作は午後3時から始まった。Kura君(以下K君)とMichicoちゃん(以下Mちゃん)との再会の挨拶は3年ぶりの再会なのに、お互い日常的に会ってきた者同士のような実にあっさりとしたもの。旧知の仲ってそんなもんだ。そして彼らと僕はいきなり本題に入っていった。

歌詞のテーマを決めるために、Mちゃんが僕に「ORITO(以下O)さんにこの数年間に起こった、人生や世の中についての心境や価値観の変化を教えてよ。それをJ-R&Bの先駆者OさんとGSPからのエヴァー・グリーンなメッセージとしてこの曲に託して、今の若いリスナーたちとシンガーたちに贈りたいから。」と質問してきた。僕は内心「やっぱり、そう来たか。この曲はスウィートなラヴ・ソングでは済まされないだろうなとは、思ってた。」と思い、僕の今の偽らざる心境を包み隠さずK君とMちゃんに話した。
「俺も俺なりに若い頃は音楽の世界で、メンフィスでの録音とか他にも様々な特殊な出来事を体験してきた。それを体験して、平々凡々たる人生では味わえない苦労や感動や栄光も味わった。若い頃は、自分が音楽を通じてそういう体験を重ねたいと強く望んでもいたし、自分にはそういう特別な才能や運があるんだと思い上がってもいたしね。この世界に憧れて足を踏み入れてくる人って、みんなそうでしょ?

でも今の俺はね。やっぱ“普通が一番だ”と心から思うのよ。俺の半生を振り返るとね。一番感動的で嬉しかったのは娘が生まれた時だったし、一番祝福されたのはカミサンとの結婚式だったし、一番気持ちよかったのはセックスだし、一番大変だったのはお金のやり繰りだしね。この先の人生で、一番楽しみなのは娘の成長だし、一番辛いことと思われるのは妻や親兄弟との別れのはずだ。これらのことって結局、誰もが体験する平凡なことだ。
いやいや、俺には歌という特別なモノがある!と自分勝手に思い込んでみたってさ。考えてみれば、歌なんて誰だって口ずさむものじゃんか。結局俺にとっては、最高の事って特別な事の中にではなくて、実は平凡なありふれた事の中にこそあったんだよ。俺は自分が特別でありたいと思ってきたけど、やっぱり自分も平凡な人間だったと、3年くらい前から気付き始めたんだよ。そして、そういう自分自身の平凡さに幻滅するどころか、むしろ安心を覚えたんだよ。結局俺のこれまでの人生なんて、“普通が一番・平凡こそ最高”ということを心底思い知る為に、あえてその正反対の特殊な音楽の世界でドタバタを演じてきた、ということだった。俺はこのことに気付くことができて、今は幸せだ。」
「なんかそれ、すっごくわかるなあ。それでOさんが、そういう心境になるためのきっかけって、やっぱり…?」とMちゃん。K君も傍らで僕の話しを聴いている。「カミサンとの結婚生活と娘の誕生だ。ありきたりの話の展開で申し訳ないけど。」と僕。「そんなことないよ。あたしたちも、そういうことをこの曲で伝えたかったんだと思う。決まりね。この曲のテーマは、これでいこう。」と、K君とMちゃんは早速スタジオワークを始めた。

それからの制作作業のことは、あまり憶えていない。僕ら3人は、本人たちにも信じられないくらいのスピードで、作詞・作曲から、歌とコーラスの収録から、テイクの編集にいたるまで全ての仕事を、ごちゃ混ぜの進行手順で仕上げていった。その間にも、友人同士としての談笑やら近況についての愚痴のこぼし合いやら、弁当タイムやらも併せて。その間、K君やMちゃんが「こういうナチュラルな時間の流れのレコーディングが、ずっとやりたかった。こういう大人同士の制作作業と曲がやりたかったんだよね。ソウルだねえ。これぞSOULだよねえ。」という言葉を嬉しそうな顔で何度か発しているのを、僕は聴いた。

気がついたらスタジオ入りから8時間後の夜11時には、このLife Time Storyという曲は出来上がっていた。早いのなんのって…!。
今しがた産声を上げたこの曲を聴く僕ら3人は、静かな感動と歓びに包まれた。僕ら3人は「この曲は傑作だよ。それにすっごく楽しかったね。だけどあんまり早く出来上がっちゃって、なんか寂しい気もするね。また一緒に何か作ろうよ。そう遠くない未来に必ず。」と語りあった。

このLife Time Storyと、この曲を手始めとする今後の僕ら3人のコラボに期待して


試聴サイト
http://mora.jp/artist/80307944/AV999999012/

i tune store
http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewAlbum?playlistId=217399969&s=143462&i=217400140

2007年03月23日

音韻王者REC.お披露目ライヴ・イベント

先週の金、土に、名古屋と大阪にライヴに行ってきた。5月に配信開始予定の「感謝の歌」と「メイフィールド」の先行のお披露目だ。
16日(金)の名古屋は、僕のこの2曲をリリースするDJ刃頭率いるインディーズ“音韻王者REC.”のレーベル本格オープン記念のクラブ・イベント。今後名古屋で毎月1回恒例となるイベントの初回だ。僕は3年くらい前まではクラブ・シーンでDJプレイによるトラックをバックに頻繁に歌っていたが、その後から現在までは、僕の本来のライヴスタイルであるバンド演奏をライヴハウスやホールで行なう様式のほうにライヴ活動の中心を戻していた。その結果生まれた曲が「感謝の歌」と「メイフィールド」なのだが、これを今回初めてDJ刃頭のプレイに乗せてクラブ・シーンで歌った。ダンス・フロア向けとは言いがたいこの2曲が、はたしてクラブ・イベントに集まった若いお客たちに、はたして受け入れてもらえるのかどうか正直言って不安だった。刃頭君をはじめとする音韻王者RECのスタッフの人たちの、「この2曲はクラブ・シーンという枠を飛び越えて多くの人々の心に届けたい。まずは今夜のクラブ・イベントから、その第一歩を始めるだけのことです。」という熱意の言葉を心の支えとした。
その日は朝から風邪を引いたらしく少し体調が思わしくなかったので、リハーサルを終えると僕はホテルの部屋で3時間以上休息をとった。休息といっても、やはりライヴのことが頭から離れない。悶々とした孤独な時間が過ぎた。僕がクラブ・イベントに出演する時はいつもそうだが、この夜も自分の出番の3、40分前に会場入りした。深夜1時半頃会場に入ると大御所 刃頭師のDJタイム中。会場は盛り上がっている。彼の熱くて奇想天外なDJプレイにあわせて、楽屋で僕も体を揺らして気持ちを高めていった。風邪気味だということなど、この時点ですっかり忘れてしまっていた。

そしていよいよ僕の出番。まずは僕の往年のクラブ・ヒット曲で、お客と自分自身をその気にさせていく。そして刃頭君と僕が過去にコラボした曲へと続く。お客のノリは元気いっぱいだ。この流れで、ほぼ会場全体をニューORITOの磁場の入り口へと引っ張ってこられたと思う。そして、ひとしきり新曲と音韻王者RECのことをMCしたあと、メイフィールドを歌った。僕はこの曲をライヴで歌うときはいつも、イントロでお百姓さんが鍬で畑を耕して額の汗を拭う様子を全身で演ずる。あるいはこの土臭いパフォーマンスのせいで、目の前の若いお客の抱くこれまでのORITOのイメージが崩れ落ち、失笑を買うかもしれないという不安で、この時がこのライヴ最大の緊張の瞬間だった。不安は杞憂に終わった。お客は食い入るように僕の歌とパフォーマンスの描く、五月野農場の長閑な光景の中に入り込んできた。僕がフックの「メイフィールド♪」というフレーズを歌うと、お客は初めて聴くこの曲をまるで以前から聴き込んでいたかのように、「メイフィールド♪」とコーラスを合掌した。目の前のこの光景が、僕には信じられなかった。その直後から僕は完全に忘我の世界へと入っていった。だから次の感謝の歌やLife Time Storyのライヴの光景があまり思い出せない。おぼろげに憶えているのは、感謝の歌を歌っているとき、感謝の歌はスウィートでもロマンティックでもセクシーでもない生活感丸出しの泥臭いド演歌ソウルなのに、なぜか若い女の子たちがキャーキャー叫んでフロアからステージ上の僕に握手を求めてきたことを不思議に思ったこと(もしかすると僕ORITOはソウル界の 氷川きよし なのかも?)や、曲の後半のアドリブ部分で僕は「…に感謝したい!」と繰り返し歌うたびに、お客が「イェー!」とか「おー!」とか叫んで、それがまるで黒人教会ミサでの牧師と信者のコール&レスポンスのようだったことだ。10分近くのロング・ヴァージョンを歌い切ると、何人かのお客が涙ぐんでいるのがステージから見えた。
ステージが終わり楽屋に戻ると、ひっきりなしにお客やイベント出演者たちが僕に「感動しましたー!」と言って握手を求めてきた。僕は半ば放心状態だったが、「クラブでも俺の新曲、全然イケルんだなあ。」と実感した。その後、刃頭君やうえP君といった音韻王者REC.の人たちとも、「こりゃあ、イケルよ。これからが楽しみだよ。多くの人々に俺たちの音楽が届くように、これからもがんばろうよ。」と肩を叩きあって、僕らの新たな船出を祝ったのでした。

次回は大阪のこと、特に最近お世話になっているソウル・バー Marvin のことを書きたいと思う。

2007年03月29日

ORITO@マーヴィン 4月21日

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今やレギュラーとなりつつあります大阪は南の老舗ソウルバー、マーヴィンに
ORITOが4月も登場致します。
ゆるい感じでの投げ銭ライブ!こんな親しげにライブ見れるのも滅多にありません!
ギターの弾き語りとトラックをバックに歌うささやかなソウルレビュー。
目の前でORITOを感じられるライブ。
前回、前々回見逃した方には必見です!是非足をお運びください。

場所:ソウルフードバー&ライブスペースマーヴィン
日時:4月21日(土曜日)午後9時30分頃スタート
大阪府大阪市中央区千日前2丁目3-9レジャービル味園2F tel: 06-6647-3902
http://www.medic-web.jp/shop/s10000506/index.html