8月からこの10月前半まで続いた僕の一連のライヴへの、お客さんたちの感想として共通していることがある。それは、「僕の自作曲(とくに新曲)をライヴで聴いていると、歌詞に描かれている情景が、お客さんの眼前に鮮明に浮かび上がる。」という。
これは僕にとっては、とても嬉しいことです。だって、そうあってほしいと願いつつ歌っていますし、そのための表現をいつも模索して練習していますから。
この沈黙の5年間に、そういう意識が芽生えてきました。
つまり「俺もいつまでも、自分はカッコいいだろう!? 歌上手いだろう!? なんてことを売りにしていたって進歩がないじゃんか。 そんなのは若い奴らに任せておけばいいじゃんか。そんな自己耽溺なアーティスト性や芸風はいい加減卒業しようぜ。いい歳こいて、そんなのはキモイよ。これからは、自分をカッコ良く見せるよりも、自分の歌の中に出てくる有りふれた人々の姿を、生き生きと美しく描き上げようぜ。」と。
それからは、曲の作詞をする時に、自分の内面世界を浮遊することよりも、外の世界の人々の姿を観察したり、人の話を取材のように聞き込んだりするようになりました。歌やパフォーマンスの練習をする時も、以前のように鏡に映った自分がカッコよくセクシーに見えているかどうか、ということは一切気にしないようになりました。今では、練習する時に鏡なんかもう見なくなりました。それよりも、歌詞に描かれている情景を、自分の頭の中に鮮明にイメージしつつ、それをどう表現するかを模索しながら歌う練習をしています。
今の僕は、ソウル・シンガーでありながら、実は民衆の息遣いの語り部でありたいのです。









